
巷ではブラックフライデーセールも佳境を迎えていたある晩、YouTubeを観ていると「UGREEN NASync」をやたらプッシュする動画が目に入りました。
「もうスマホ・PC容量不足に悩まない!クラウドストレージ課金不要の自宅NASが最強便利!UGREEN NASync DXP4800徹底レビュー!」
動画を終盤まで観たところで、呆れてため息しか出ません。
弊社内でも特に多くの顧客へNASを導入し、泥臭い保守対応をしてきた私に言わせれば、この「UGREEN NASync」は比較検討の土台にすら上がりません。
(なんなら日頃散々文句を言っている国内メーカー製品の方が、まだ「製品」として完成されているとさえ思うほどです)
なぜプロはこれを選ばないのか? その理由を技術的・運用的観点から整理していきましょう。
1. 「見た目とスペックだけご立派」のアンバランスさ

本製品はIntel N100やPentium Goldといった、PC向けのx86プロセッサを搭載しています。
確かに、SynologyやQNAPも上位機種ではx86を採用しますが、それは洗練されたOS上の仮想マシン(VM)やコンテナ運用、高速なインデックス処理が高い性能を要求するからです。
しかし本製品のOS(UGOS)は独自仕様なうえに未熟で、その高い処理能力を活かせるだけの安定したアプリケーションエコシステムが存在しません。
(後に修正されたとのことですが)ありふれたSMB転送速度でさえ他社製品と比べて明確に劣っていたというのですから、その発展途上ぶりには目眩がします。
ただ電気を食うだけの高性能CPUを積み、基本機能しか使えない。
これは「徒歩5分のコンビニへ大型バイクで買い物に行き、帰りにエンストした…」とでも例えましょうか。
およそ多くのユーザーにとって有り難いものではありません。
2. 「NASの本質」であるソフトウェアの欠如

NASの本質的な価値はハードウェアではなく、ソフトウェア(OSとアプリ)で決まります。
SynologyやQNAPが選ばれる理由は、10年以上の歳月をかけて磨き上げられたOSの安定性と、セキュリティ対応の速さ、そして豊富なアプリ群にあります。
対して、新規参入の周辺機器メーカーが作った独自NASに、今後5年、10年と継続的なアップデートやセキュリティパッチが提供される保証がどこにあるでしょうか。
カタログスペック上の転送速度や処理性能が、実運用における「安心」を保証してくれるわけではないのです。
3. 「データの墓場」になりかねない独自性とリスク

最大の懸念は、データプライバシーと事業継続性です。
極めてプライベート、あるいは機密性の高いデータを保管する箱が、NAS市場での実績が皆無なメーカー製で、かつ地政学的リスクも無視できない海外製システム。これは情報漏洩やシステム健全性の観点から慎重に検討を要する部分です。
また、5年後にハードウェアが故障した際を想像してみてください。
QNAPやSynologyなら、新しい筐体を買ってHDDを差し替えれば(マイグレーションすれば)即座に復旧できます。
しかし、このメーカーが5年後もNAS事業を続けている保証はあるでしょうか?
もし事業撤退により後継機が入手できなくなれば、SynologyやQNAPのように「HDDを新しい筐体に差し替えて即復旧」という芸当はできません。
たとえ中身がLinux標準のRAIDだとしても、その復旧には高度なLinuxスキルが必要となり、多くのユーザーにとってデータは『取り出し不能』になったも同然です。
まとめ:

個人が諸々のリスクを承知で買うなら何も言いません。
インフルエンサーが商品提供を受け、運用リスクや出口戦略(データ移行や故障対応)を無視して「高性能!最強!」と煽るのは、日頃から顧客のために製品選定している身として到底看過できません。
「データを入れる」ということは「先々起こりうるトラブルまで見越しておく」ということです。
だからこそ安易にカタログスペックだけでNASは選べないし、悩ましいのです。その点、この製品はまさに「選んではいけない見本」と言って差し支えないでしょう。
そもそも、クラウドファンディングは「お金を支払って商品を購入する」ものではありません。
商品・サービスが世に出るための「支援(バック)」であって、見返りに格安で商品が提供されるケースも多い、という性質のものです。当然プロジェクトが頓挫することもあるし、「寄付するだけ」という支援の形もあります。
本製品はそのような経緯を経て製品化されたわけですが、IT機器は製品化して数年後にはさっさと後継製品のファンディングが始まる例も少なくありません。
「買って終わり」という性質のものでない限り、クラウドファンディング発であることは、何ら安心を担保しないわけです。
おまけ:推奨NAS選定チェックリスト
スペック(カタログ値)に惑わされず、「運用・保守・障害対応」の観点から製品を評価するためのチェックリストを用意しました。
1. メーカー・ベンダーの信頼性(生存能力)
そのメーカーは、製品導入後5年以上、責任を持ってサポートを継続できるか?
- NAS専業、またはサーバー機器での長年の実績があるか?
- (PC周辺機器やケーブルメーカーの「新規参入」ではないか?)
- 国内に正規代理店・法人サポート窓口が存在するか?
- (何かあった際、英語や翻訳チャットでの問い合わせにならないか?)
- 「後継機」が継続的にリリースされているシリーズか?
- (一発屋のクラウドファンディング製品ではないか?)
2. ソフトウェア・OSの成熟度(運用能力)
「箱」ではなく「システム」として完成されているか?
- 独自OSの開発・アップデート履歴が3年以上公開されているか?
- (セキュリティパッチが即座に提供される体制があるか?)
- 【最重要】筐体交換によるマイグレーション(データ移行)が保証されているか?
- (本体故障時、HDDを抜いて同メーカーの別筐体に挿すだけで復旧できるか?)
- 標準アプリで「3-2-1バックアップ」構成が容易に組めるか?
- (クラウド同期、USB外付けバックアップ、遠隔地レプリケーション機能が標準装備されているか?)
3. ハードウェア選定の妥当性(適材適所)
顧客の用途に対し、オーバースペックまたはアンバランスではないか?
- CPUアーキテクチャは用途に適しているか?
- ファイルサーバー単機能: ARM系(省電力・低発熱・低コスト)で十分。
- アプリ・VM活用: x86系(Intel/AMD)が必要。
- ※「ただのファイル置き場」に高性能なx86機を提案していないか?
- カタログスペックの最大速度(2.5GbE/10GbE)を出せる環境があるか?
- (顧客のハブやLANケーブル、PC側のNICが対応していなければ無意味)
- メモリは拡張可能、またはECC(エラー訂正)対応か?
- (法人ユースの場合、信頼性を担保するECCメモリ対応モデルが望ましい)
4. セキュリティとリスク管理
顧客のデータを預けるに足る信用があるか?
- 過去の脆弱性(CVE)への対応スピードは迅速か?
- (発見からパッチ提供までのリードタイムが短いベンダーか?)
- アカウント管理機能は既存環境と統合できるか?
- (必要であればActive Directory/LDAP連携が可能か?)
- 「クラウド必須」の仕様になっていないか?
- (インターネット接続なしでも初期設定・運用が完結するか? ※特定国のサーバーを経由しないと使えない製品はNG)
【参考】即却下となる「NGフラグ」
以下のいずれかに該当する場合は、原則として選定対象外とする。
- クラウドファンディング発の製品(「支援」であって「購入」ではないため、業務利用には不適)
- メーカー独自のRAID構成(本体が故障した際、パソコンや他社のNASにHDDをつなぎ替えても読み込めないもの)
- レビュー情報が「提供案件(#PR)」しかない製品(長期運用の欠点やトラブル事例などの「生の声」が見当たらないもの)
最後に
新興のNAS製品は、目新しさや機能を売りにするものが多い印象ですが、お客様が買っているのは「高性能な箱」ではなく、「データを安全に保管し、出し入れできる期間」です。
「5年後に本体が壊れた時、お客様をどうやって助けるか?」
この質問に即答できない製品は、提案してはいけません。
