みなさんは「仕事が早い人」と聞いて、どんな印象を抱きますか?
「どうせ速いだけで、雑な仕事をしてミスも多いんじゃないか?」
と感じる方も少なくないかもしれません。
果たして本当にそうでしょうか?
このコラムでは、皆さんがどこかで耳にしたことがある算数や数学を少しだけ拝借して、
「仕事が早い人ほど、実はミスが少ないこともある。いや、むしろ少ない場合が多いのではないか?」
という仮説を提示し、その理由をひも解いていきます。
作業の効率化に興味がある方は、ぜひご覧ください!
本コラムでは「仕事が早い」ことを「作業ステップが少ない」と定義して話を進めます。
そして、コラムの最後には、仕事のスピードとミスの関係を、より具体的に感じられるような計算問題も準備しました。
それでは始めましょう!
本コラムに登場する算数・数学の知識
1. 確率のとりうる値の範囲
いきなり高校数学の話ですが、ご安心ください。
確率は「ある事象が、全体の中でどれくらいの割合で発生するか」を示す値のことです。
ある事象が起こる確率を \(P\) とすると、\(P\) は
\[
0 \leqq P \leqq 1 \tag{1}
\]
の範囲に収まります。
これはつまり、確率が \(0\) は「絶対に起こらない」ことを、確率が \(1\) は「必ず起こる」ことを意味します。
たまに「200% 確実!」などと表現する方がいますが、
確率はあくまでも\(0\) 以上 \(1\) 以下の範囲でしかありません。
この基本をしっかり押さえておきましょう。
2. 独立な試行の確率
まず、いくつかの言葉の意味を軽く押さえておきましょう。
「試行」とは、実験や操作、あるいはその結果そのものを指す言葉だと思ってください。
コインを1回投げて表が出る、サイコロを1回振って5が出る、大谷翔平選手がホームランを打つ、といった出来事がこれにあたります。
ふんわりとした理解で、例がいくつか浮かぶ程度で大丈夫です。
そして、その試行が「独立」であるとは、
2つの試行のどちらの結果も、もう一方の結果に一切影響を与えないということを意味します。
たとえば、コインを1回投げて表が出ることと、サイコロを1回振って5が出ることは、互いに独立な試行ですよね。
ここで少し余談ですが、野球の試合終盤で逆転がかかっているときに大谷翔平選手がバッターボックスに入り、
その日の成績もいいと、どうしても「きっと打ってくれる!」と期待してしまいますよね。
しかし、これも独立な試行だと考えたいところです (もし結果が悪かったとしても、少しは気が楽になるかもしれませんね)。
さて、話がそれましたが、本コラムでは扱う試行はすべて独立であるものとして話を進めます。
そして、試行 \(A\) と試行 \(B\) 、それぞれの試行が起こる確率を \(P_A\), \(P_B\) としたとき、
試行 \(A\) も \(B\) も両方が同時に起こる確率
\(P_{A \cap B}\) は
\[
P_{A \cap B} = P_A P_B \tag{2}
\]
で求められます。これは、
それぞれの確率を何も考えずにかけ算するだけでOKです。
ちなみに \(\cap\) は「かつ」を意味する記号ですが、ご存知ない方はそんな記号あるのかと流してしまって構いません。
3. かけ算の性質
2つの数をかけ算する状況を想像してみてください。
このとき、とくに「かける数」に注目しましょう。
かける数が \(1\) より小さいとき、答えはもとの数より必ず小さくなります。
これは、すでに「確率のとりうる値の範囲」で解説した式 (1) と「独立な試行の確率の求め方」で解説した式 (2) に深く関連する内容です。
このかけ算の重要な性質を改めてしっかり押さえておきましょう。
最後まで失敗せず完遂する確率を考える
それでは、これまでの3つの知識を踏まえ、具体的な例を使って考えてみましょう。
キーボードの「a」から「z」で 26 個のキーを順番に打って入力する作業があるとします。
キーを打つチャンスは 1 回のみで、やり直しはできないものとします。
ここで、「a」をミスなく打つという試行は、他のキーをミスなく打つ試行に影響を与えない、
つまり独立であるとしても差し支えありません。
たとえば、「a」をミスなく入力する確率を \(P_a\) とすると、26個すべてのキーを連続でミスなく入力する確率
(以降「ノーミス率」と呼びます) \(P_{ALL}\)は
\[
P_{ALL} = P_a P_b \cdots P_y P_z \tag{3}
\]
と表すことができます。
それでは、実際に数値を当てはめて考えてみましょう。
現実には、ミスをしやすいキーやそうでないキーが存在するかもしれませんが、
ここでは簡単のため、どのキーも99% (= 0.99) の確率で正しく入力できると仮定します。
このとき、26個すべてのキーをミスなく入力できる「ノーミス率」 \(P_{ALL}\) は、
\[
P_{ALL} = 0.99 ^ {26} \fallingdotseq 0.77
\]
となります。この結果を見て、いかがでしょうか?
「まあ、これくらい下がるかな」という感覚でしょうか?
それとも、「え、こんなに下がるの!?」と驚きましたか?
ここで、先ほど確認した「かけ算の性質」を思い出してください。
1より小さい数をかけ続けると、たとえそれが 0.99 という高い確率だとしても、回数を重ねるごとに少しずつ値は小さくなっていきます。
そして、26回も繰り返されると結果は 0.77 まで下がってしまうのです。
個々でミスしない確率が仮に 99.5% まで上がったとしても……
\[
P_{ALL} = 0.995 ^ {26} \fallingdotseq 0.88
\]
このように、全体のノーミス率は90% を切ってしまいます。
ヒューマンエラーに関しては、
高崎ものづくり技術研究所の濱田金男氏による発生確率についての検討
(濱田, 2019) が行われています。この検討では、
最大で 0.003 の確率でミスが発生する、
つまりミスしない確率は 0.997 とされています。
この 0.997 という確率で改めて \(P_{ALL}\) を計算すると、およそ 0.925 になります。
それでも、個々の作業でミスしない確率から 0.05 以上もノーミス確率は下がってしまうのです。
もちろん、チェックする仕組みを設けたり、ミスしにくい作業環境にしたりすることでノーミスの確率は上がります。
しかし、その一方で、いたずらに作業ステップの数を増やさないということも、
ノーミス確率を上げることに貢献すると、このキー入力の例からも感覚的に理解できるのではないでしょうか。
「仕事が早い=ミスが少ない」ことを実感するための計算問題
突然ですが、ここで問題です。以下の 2 問を計算機の類を使わずに解いてみてください。可能であれば解答時間も計測してみてください。
(1) \(36 \times 25 \)
(2) \(7 \times 99 \)
いかがでしたか?
簡単すぎてあくびが出てしまいましたか?
ここで、ひとつ質問です。
この計算をするときに筆算で解きましたか?
もし筆算で解いたとしたら、あなたはまだ「仕事を早くする余地がある」と言えるでしょう。
(1) の解説
まず、(1) の計算から見ていきましょう。
正解は \(900\) です。
ここでは、\(25\) という数に注目してほしいんです。少しテクニック的な話になりますが、
\(25\) は \(100\) の 4 分の 1
ここが計算を楽にするポイントです。
具体的にどのように計算を進めるかというと、次のようになります。
\begin{eqnarray}
36 \times 25 &=& 36 \times (100 \div 4) \\
&=& 36 \times 100 \div 4
\end{eqnarray}
このようにすると、たった 2 ステップで計算が終わる
ことに気がつきましたか?
まず、\(36\) に \(100\) をかける部分は、末尾に \(0\) を 2 つ加えるだけなので、これはもはや計算というより「作業」に近いですね。
とても単純な仕組みなので簡単にはミスしないでしょう。
あとは \(3600 \div 4\) と九九の範囲の割り算をするだけです。
これだけで計算が完結してしまうんです。
暗算でできてしまいそうですね!
もちろん、\(36 \div 4\) を先に計算して \(100\) をかけても問題ありません。
\(25\) の特性に気づけば、一瞬で正解を導き出せるはずです。
(1) で筆算の場合を考える
では、一方で筆算をする場合はどうなるでしょう。\(5 \times 6\) を計算し、\(5 \times 3\) にくり上がりの \(3\) を足して……
これだけで 2 ステップ (くり上がりを足す手順を分割すれば 3 ステップ) になってしまいます。
さらに、このくり上がりを足すことは忘れられやすく、筆算でミスをしやすい典型的な部分のひとつなんです。
私の学生時代の話ですが、私が働いていた学習塾で、中学受験を控える小学生に対し、\(25\) や \(50\) をかける計算を筆算しないことが徹底されていました
(生徒によっては \(75\) をかける際も同様です)。
当時は、なぜこれほど口酸っぱく指導するのだろうと疑問に思っていましたが、それはまさに、
早く、そしてミスなく計算するための教えだった
のだなと、今になって改めて理解できます。
(2) の解説
続いて、 (2) の計算について解説します。
正解は \(693\) です。
この問題にも、計算の手数を少なくするポイントがあります。それは \(99\) という数字です。
\(100\) より \(1\) だけ小さいことに注目しましょう。
ところで、中学校の数学で「分配法則」
という法則が登場したのを覚えていますか?
\begin{align}
a (b + c) = ab + ac \\
a (b – c) = ab – ac
\end{align}
ざっくり言うと、カッコの外の数をカッコの中の数にひとつずつにかけてから、足したり引いたりする計算方法です。
この分配法則を (2) の計算で使います。具体的に見ていきましょう。
\begin{eqnarray}
7 \times 99 &=& 7 \times (100 – 1) \\
&=& 7 \times 100 – 7 \times 1 \\
&=& 700 – 7
\end{eqnarray}
このように計算できます。
計算の順序の約束として、かけ算を先にすることを忘れないでくださいね!
\(100\) をかけるのは (1) でも触れたように非常に楽な作業です。
そして、\(700\) から \(7\) を引くのは、暗算でできるくらい簡単ですよね。
この問題は分配法則を思い出して欲しかったので、筆算と比べても手数が劇的に減ったようには感じないかもしれません。
しかし、かけられる数 (ここでは \(7\)) の桁数が増えれば増えるほど、この方法がどれだけ楽かをより実感できるはずです。
さいごに
今回のコラムでは、作業の「手数」を減らすことが、いかにミスの減少につながるかを、
簡単な計算例を交えて紹介しました。
手数を増やせば増やすほど、それだけミスの発生源も増えてしまいます。
これは、個々の作業の正確性が高くても、全体の成功率が予想以上に下がるという確率の性質からも明らかです。
昨今、
作業効率化が盛んに叫ばれていますが、
私たちはその本質を改めて考える必要があるのではないでしょうか。
単に作業を機械に置き換えて自動化するだけでなく、
その作業自体が本当に必要なのかを見極め、作業そのものを減らすこと
これこそが、ミスを減らし、真の効率化を実現するために不可欠な視点だと考えます。
あなたの日常の仕事にも、この考え方を応用できる「ムダな手数」が隠されているかもしれません。
ぜひ、今回のコラムが皆さんの仕事を見つめなおすきっかけになれば幸いです。
趣味のマージャンで恐縮ですが、確率の話が出たので、最後に 33 万分の 1 の確率で出現するという役満を、皆さんのご多幸をお祈りして
参考文献
濱田 金男.
“作業ミスの発生確率はどれくらい?ヒューマンエラーは本当にうっかりミスか?”.
合同会社 高崎ものづくり技術研究所.
2019-08-27.
https://monozukuri-takasaki.com/news.html?id=51 .
(参照 2025-05-30).